Play to Earnを実現するトークン経済圏

POINT ここでは具体的なGameFiのトークン経済圏について解説します。
前記事ではdAppsゲームの影響やその歴史について解説しました。ここではAxie Infinity(アクシーインフィニティ)を見本として、具体的なトークン経済圏について解説していきます。

1.急激に収益を伸ばしたAxie Infinity

 アクシーインフィニティ(以下、アクシー)は、NFT化されたキャラクター「Axies(アクシーズ)」を収集・育成するdAppsゲームです。ユーザーはゲーム内でバトルやタスクを行ったり繁殖させたりして、価値の高いアクシーズを増やし、ゲームを遊びながらお金を稼ぐことができます。この仕組みは「Play to Earn」などと呼ばれ、「Game(ゲーム)」と「Finance(金融)」を組み合わせた造語である「GameFi(ゲームファイ)」を生み出しました。今やアクシーを開発したSky Mavis(スカイメイビス)の時価総額は約30億ドルに達しています。
出典:Axie InfinityのWebサイトより
 
出典:AXIE WORLD「CHARTS」をもとに作成
 
 2021年夏、NFTの盛り上がりに乗じてアクシーも話題になり、7月には2億ドル、8月には3.6億ドルの収益を上げ、スカイメイビスは世界第5位のゲーム会社にまで上り詰めました。2022年現在、その勢いは衰えてきましたが、2021年10月にはアンドリーセン・ホロウィッツなどの世界的に有名なベンチャーキャピタルから170億円の資金を調達し、ゲーム改善を行っている最中です。
 上図を見れば、アクシーの収益が急激に伸びていることがわかると思いますが、どんな仕組みによるものなのかを具体的に見ていきましょう。
 

2.アクシーインフィニティの収益の仕組み

GameFiへのリブランディング
 アクシーには、おたまじゃくしに足が生えたような見た目のキャラクター「アクシーズ」が登場します。アクシーズはNFT化されており、アクシーズを使ってゲーム内でバトルをして、ゲーム内通貨である「Smooth Love Potion(SLP)」を稼ぐことができます。
 SLPは暗号資産として発行されるので、ゲーム外に持ち出し、ユニスワップのようなDEX(書籍第5章参照)でほかの暗号資産に交換できます。また、その暗号資産を日本の暗号資産取引所に送れば、日本円に換金することも可能です。バトルに勝つとたくさんのSLPを稼げるので、強いアクシーズを所有していると有利です。  強いアクシーズを入手するためには、ゲーム内に併設されたマーケットプレイスで購入するか、アクシーズに子どもを産ませる「ブリード」を行います。当初はユーザーがアクシーズを揃えてゲームをすることで、1日数万円を稼ぐことができました。
  アクシーの運営は、マーケットプレイスの取引手数料とブリード時の手数料で収益を上げており、ゲーム内の取引が活発になればなるほど収益が上がる構造になっています。そのため、おもしろいゲームをユーザーに提供するインセンティブが機能しているといえます。
出典:KOZO Yamada「ゲームして稼ぐ『Axie Infinity』の衝撃」を参考に作成
 
 

3.アクシーインフィニティが成長した理由

 アクシーが急激に成長した理由は、NFT市場の盛り上がりもありますが、それとは別に3つのポイントがあります。1つずつ見ていきましょう。
1.スカラーシップの導入
2.FTによる金融機能の導入
3.垂直統合型戦略の導入
 
1.スカラーシップの導入
 アクシーはゲームでお金を稼げますが、その仕組みが少し難しく、継続的にお金を稼ぐためにはリテラシーがある程度必要になります。また、ゲームを始めるためには、最初にアクシーズを数匹購入する必要があり、当初の金額で初期投資に10万円ほどかかりました。そのため、誰でも気軽にすぐ始められるというわけではなく、多少のコストが必要とされます。そこで、自分のアクシーズを他人に貸し出せるスカラーシップ(「dAppsゲームの発展とWeb3.0の影響」参照)を利用すると、既存のユーザー(貸主)からアクシーズを借りられるので、初期投資を少なくすることができました。また、貸主と借主の間で遊び方を教え合うことにもつながり、ゲームを快適に遊べるようになっていきます。
 また、ゲームをするだけで月に数万円が稼げるとはいえ、日本でそれなりの生活を送ろうとすれば、少し心もとない金額です。そのため、日本ではアクシーで生計を立てようとする人は少ないかもしれませんが、もし月に数万円でも十分に生活できる国があれば、仕事を辞めてアクシーをする経済的合理性が成立します。
 そんな背景があり、アクシーはアジア圏、特にフィリピンを中心に爆発的に広がりました。当時のアクシーの1日あたりのアクティブユーザー数は約50万人、その約60%がフィリピンにいるといわれました。フィリピンの平均月収は5万円弱なので、当時は仕事をするよりゲームをするほうが稼げる状況でした。
 さらに2021年のコロナ不況が、このトレンドに拍車をかけました。コロナ禍で仕事を失い、ロックダウンで外に出られない人たちが、アクシーで生活費を稼いだのです。アクシーで稼いだ人たちは「ゲームで生活している」「借金を返した」「家族に薬を買えた」など、アクシーへの感謝を表しています。
 つまり、このスカラーシップは「お金はないが時間がある人」と「お金はあるが時間がない人」をマッチングさせる機能ともいえ、アクシーが爆発的に普及するきっかけになりました。スカラーシップが経済を世界規模でつなげたことで、アクシーはただの「ゲーム」ではなく「仕事」になったのです。これまで、国際送金を行うには、複数の銀行を介する必要があってコストが高く、このモデルは成立しませんでした。それが、銀行口座がなくても直接送金が可能なブロックチェーンの特徴を利用することで実現できた全く新しいビジネスモデルといえます。
 
2.FTによる金融機能の導入
 アクシーが躍進する以前のdAppsゲームは、NFTのみをゲームに組み込んだものが主流でした。アクシーのSLP(上記参照)のような暗号資産を組み込んだゲームはあまり多くなかったのです。
 NFT販売がビジネスとして難しい点は、NFTが発行数を制限する技術であるがゆえ、最初に販売した時点で売上の上限が決まってしまうことです。ソーシャルゲームのガチャ課金システムはガチャが回るほど売上が増大しますが、NFTは増やせないので、売り切ってしまえばそれ以上の売上が見込めません。
 また、NFTは取引の二次流通手数料が還元(「NFT市場の規模とトッププロジェクトの特徴」参照)されますが、発行数が少なければ二次流通量も少なくなり、獲得できる手数料も少なくなります。
 この課題に1つの答えを出しているのもアクシーです。アクシーはNFTをブリード(上記参照)で無限に増やせる仕様とし、SLPというFTを導入しました。FTを導入したことで、ゲーム内の価値の流動性が高まり、マーケットプレイスやブリードで収益化しやすくなります。
 「流動性」というとわかりにくいかもしれませんが、NFTを「1万円札」と考えてみてください。サービスをしてくれた人にチップを渡したくても、1万円では大きすぎて支払うことができません。そんなときに便利なのが千円札や硬貨です。これらを使えばサービスに応じた適正な対価を細かく支払えるので、ゲーム内の流動性が高まります。
 アクシーはゲーム内通貨のSLPのほか、AXSという「プロジェクトトークン」も発行しています。プロジェクトトークンは、株式会社の「株式」に相当する権利を有するので、「ガバナンストークン」とも呼ばれます。AXSを所有すると、アクシーの方針を決める投票に参加できたり、DeFiに資産を預けることで配当としてAXSをもらったりすることができます。
 またAXSには、SLPのインフレを防ぐ役割もあります。たとえば、一般的なゲームで「終盤にゲーム内通貨が余った」といった経験のある方も多いでしょう。ゲーム内でレベルが上がり、装備が整うと、それ以上にゲーム内通貨をつぎ込む必要がなくなるので、ゲーム内通貨やアイテムなどが余ってくるものです。これが一般的なゲームであれば全く問題ありません。しかし、ゲーム内通貨が暗号資産になっているdAppsゲームでは、ユーザーが余ったゲーム内通貨を売り始めると、ゲーム内通貨の価格が下がる「負のループ」に入ってしまいます。こうなると、トークン経済圏がインフレを起こしてしまうので、ゲーム運営者はゲーム内通貨をつぎ込む新しい要素や、獲得した収益を再投資させる手段などを、ユーザーに提供する必要があります。アクシーの場合、それがAXSなのです。
 アクシーのゲーム内通貨を余るほど獲得できるユーザーは、アクシーのファンか、本気で取り組んでいる人であることは間違いありません。アクシー経済圏が成長すれば、彼らの稼ぎも存続できるので、ゲームの運営者とユーザーのインセンティブが一致します。こうして余ったSLPがAXSに流れ、AXSの時価総額が成長するのです。
 それぞれの経済圏のお金の流れを表すと、次図のようになります。「稼げる」「価格が高騰する」ことが最大の広告になり、人が流入する構造はビットコインなどと同様です。流入した新規ユーザーに対しては、ギルドによるコミュニティがゲームの遊び方を教え、スカラーシップのマッチングを促進します。それにより、ユーザーの理解が深まり、熱狂的なファンになるサイクル(「ビットコインのプロトコル:改ざんできない仕組みを実現する技術」参照)が生まれ、アクシーは爆発的にユーザーを増やすことになりました。
 
3.垂直統合型戦略の導入
 dAppsゲームが登場し始めた2018年、ブロックチェーンはイーサリアムが利用されていました。BaaS市場の解説(第4章)でも触れましたが、ブロックチェーンの処理能力には限界があることに加え、世界中の取引がイーサリアム上で行われているので、取引が頻繁に詰まってガス代(書籍第4章参照)が高騰します。
 クリプトキティーズ(「dAppsゲームの発展とWeb3.0の影響」参照)が流行したときには、イーサリアムが頻繁に詰まり、ゲームをするのに多額のガス代がかかりました。これは、スマホゲームでキャラクターを編成したりクエストに出たりするたびに手数料がかかるようなものです。これではゲームを遊ぶこと自体が難しく、非常にUXの悪いゲームといえます。つまり、イーサリアムのガス代は、dAppsゲームの発展の課題になっていたのです。
 アクシーの開発チームは、ガス代の高騰を避けるため、BaaS系ブロックチェーン「Ronin(ローニン)」を開発し、ゲームに必要な機能すべてを独自に開発する垂直統合型の戦略をとります。BaaSとdAppsをすべて構築するのは大変ですが、自分たちの理想を実現できます。開発には数年を要しましたが、ローニン上にはアクシーに関する取引しか発生しないため高速で、一般的なゲームに近い操作感で遊べるようになりました。DeFiのDEXに相当する機能もローニン上で開発することで、アクシー経済圏の強化を図っていくというニュースもあります。
 NBAトップショット(「アート作品やスポーツ分野でのNFT活用がもたらす変革」参照)のダッパーラボも、「Flow(フロウ)」という独自のブロックチェーンを開発し、ガス代の高騰を回避する戦略をとっています。この戦略で成功しているdAppsゲームが多いことから、追随する企業が登場してきているのが現在の状況です。日本ではdouble jump.tokyoが、dAppsゲームの垂直統合型戦略を展開し、ゲーム会社大手と提携しています。
 

4.dAppsゲームの批判と未来

GameFiは詐欺なのか
 「GameFiは詐欺ではないのか?」という意見を持つ人もいます。その根拠になっているのが「ポンジスキーム」です。
 
ポンジスキーム(Ponzi scheme)
「資金運用により利益を出資者に還元する」などと公言して資金を集めながらも、実際には資金運用を行わず、新しい出資者から集めた資金を配当金として支払うことで、あたかも資金運用で利益が生まれているように装う詐欺
 アクシーなどのGameFiは、最初にキャラクターのNFTを購入してから始める設計になっています。つまり、「NFTの購入資金を配当として渡しているだけ」のポンジスキームではないかということです。アクシーの場合は、現時点も調達した資金で開発が続けられているので、ポンジスキームとは言い切れません。
 
ゲームの価値はコンテンツのおもしろさ
 GameFiのトークン経済圏は、新規ユーザーが増加する限り、拡大と成長を続けることができます。しかし、これは裏を返せば、新規ユーザーの増加に陰りが見えると拡大が止まることを示しています。
 たとえば、キャラクターのレベルを最大まで上げたユーザーが、貯めたゲーム内通貨を大量に売却すると、トークン経済圏が停滞し、暗号資産の価格が下がり、ほかのユーザーが離脱してしまいます。実際、2022年5月時点で、アクシーのトークンは、SLPとAXSともにピーク時からかなり下がっています。
出典:CoinGecko「Axie Infinity 価格チャート」をもとに作成
 
 こうならないようにするためには、「お金を稼ぎたい」という気持ちより、「ゲームが楽しい」という感情が勝るようにする必要があります。たとえば、ニンテンドースイッチやプレイステーション5などのゲーム機は、ゲームソフトの購入が必要になるので資金は減りますが、ゲームを楽しんだ経験が残るので、損をしたとは思わないはずです。スマホゲームでガチャ課金をしている人も、楽しみながら課金をしているので、その資金がもったいないとは思わないでしょう。
 「お金を稼ぎたい」という動機は、新規ユーザーを取り込むうえで非常に有効な手段です。しかし、そうして取り込んだユーザーの熱が冷めないうちに、ゲームとしての本質的な価値を高める施策を講じていく必要があります。
 ポンジスキームのGameFiの場合、ゲームとしての価値が低いので、次図左のようにいつかはバブルがはじけ、価値0に収束していきます。しかし、ゲームとしての価値が高ければ、それがトークンの需要となり、トークン価格の低下に歯止めがかかって、いずれ価格を押し上げるエネルギーになります(下図の右)。
 これは筆者の見解ですが、2022年5月時点で、GameFiは既存ゲームを超えるクオリティのゲームを市場に投入できていません。ニンテンドースイッチやプレイステーション5のゲームのほうが圧倒的にグラフィックが素晴らしく、ゲーム性が高く、コンテンツがおもしろいです。GameFiのゲームは「お金が稼げる」という特徴があるものの、グラフィックが粗く、ゲーム性が単純で、おもしろみに欠けると感じます。
 アクシーは現在、ゲームの改善に努めています。アクシーを遊んだユーザーに「お金はあまり稼げなかったけれど、いっぱい楽しめたから満足」などと思われるようなゲームへの改善を目指しているはずです。アクシー経済圏はまだ低迷していますが、いつか再起してくれることでしょう。
 
GameFi発展の兆しとしての「STEPN(ステップン)」
 アクシーの成功を受け、次のアクシーになろうとする新しいdAppsゲームが登場しています。その1つが「Move to Earn」を標榜する「STEPN」です。歩くだけで稼げるゲームとして、日本でコミュニティが爆発的に広がりました。
 STEPNのトークン経済圏の構造もアクシーと同様です。最初にNFTを購入し、NFTを所有した状態で歩くと、STEPNアプリがGPS情報を検知し、ゲーム内通貨の「GST」を稼げるという仕組みです。ゲームのルールを最初に覚える必要はなく、「歩く」という誰でもできる行為で稼げることが話題になり、市場に投入される情報が徐々に増え、コミュニティが形成され、日本語教材が制作されて、ゲーム人口が一気に拡大しました。「稼げる」ことを全面に打ち出したプロモーションで、「まだ無料で歩いてるの?」というキャッチコピーによりテレビにも取り上げられるなど、広告費を支払うことなくユーザーが急増した点も同じです。
 アクシー経済圏の低迷やポンジスキームを知る人からすれば、「STEPNもいつか崩壊するのでは?」と考える向きもあり、実際にピーク時よりGSTの価格が下がっています。しかしSTEPNは、スマートフォンを持って歩くだけなので、簡単かつ継続しやすいことがポイントです。
 現在のSTEPNは、歩いたり走ったりすることが本当は好きではない、資金目的の人が多いため、金の切れ目が縁の切れ目とばかりにユーザーが抜けています。しかし、「歩いて健康になっている」という実需に注目する人が一定数残ると考えられるので、価格低下は実需の釣り合うところで止まると予想されます。STEPNを資金目的ではなく、健康アプリと捉える人が増えれば、アクシーほど急激な流通量の減少は発生しないかもしれません。ニンジンをぶら下げて走るか、自分のために走るかの違いだけです。
 今はまだGameFi自体が少ないので、新しい「X to Earn」が登場するたびに話題になりますが、いずれトークン経済圏を実装したdAppsが当たり前になっていきます。そのとき、dAppsゲームやGameFiは単に「ゲーム」と呼ばれることになるでしょう。そして、これらの新しいゲームは、既存のゲームを駆逐するようなものではありません。同じ「ゲーム」なのですから、トークン経済圏のあるなしにかかわらず、ユーザーの気分でどのゲームを遊ぶかを選ぶだけの話なのです。
 優劣の話ではなく、既存のゲーム市場がなくなるわけでもないので、トークンならではの体験を得られるゲームを開発してもらいたいと思います。
 
次世代のdAppsゲーム開発の動向
 アクシーがGameFiの革新性を世界中に知らしめたことで、次のアクシーを目指し、dAppsゲーム開発に資金と開発力が投入されることは間違いありません。日本では、スクウェア・エニックスがdAppsゲーム開発に注力していくことを発表しています。海外では、トップゲーム企業を退職した多くの人たちが、さまざまなGameFiを開発し始めているというニュースもあり、この領域に人材が集まり始めているのは事実です。
 トークンの登場により、銀行口座がなくてもスマートフォンがあれば、グローバルな金融市場にアクセスできるようになりました。コンテンツに金融機能を追加できるということは、たとえば楽天証券や楽天生命保険などの楽天経済圏の「楽天」の部分にコンテンツ名を入れた経済圏を構築できるということです。将来、「ポケモン証券」や「ドラえもん生命保険」が誕生しているかもしれません。
 Web3.0化する金融市場への入り口として、ゲームはその市場を体験させるチュートリアルとして非常に優秀です。dAppsゲームの発展なくしてWeb3.0の発展はないともいえます。Web3.0はゲームやエンターテインメントの分野から世の中に浸透していくことは確実です。引き続きこの領域に注目していきましょう。
 
 
 

まとめ

  • アクシーインフィニティがGameFiを広め、ゲームで稼げる「Play to Earn」を実現
  • スカラーシップやトークンによるGameFi機能、垂直統合型戦略により、アクシーは成功を収めた
  • トークンは強力なネットワーク効果を生むが、コンテンツにこそ真の価値がある
  • 次のアクシーの座を狙い、膨大な資金と人材が市場に流れ込み、さまざまなゲームが開発されている
  • ゲームはWeb3.0 の入り口になり、ゲームの発展がWeb3.0 の発展に影響