Fat Protocolがもたらすコンポーザビリティの革命

POINT ここではWeb3.0の重要な理論である「Fat Protocol(ファットプロトコル)」について解説します。
 前記事では、これからのインターネットを語るうえで欠かせない「トークン」や「スマートコントラクト(スマコン)」について説明しました。ここではWeb3.0における重要な理論である「Fat Protocol(以下、ファットプロトコル)」について解説していきます。

1.Web3.0におけるプロトコルの価値

トークンはブロックチェーン技術を使ったデジタルデータ世界共通のルールとしてのプロトコル
 「ファットプロトコル」とは、Web3.0ではGAFAが構築したようなアプリケーションではなく、プロトコルにこそ価値があるとする理論のことです。現在では、Web3.0の特性を表すスタンダードな理論として受け入れられています。
 1章でも説明しましたが、プロトコルとは「世界共通で不変のルール」のことです。既存のインターネットでいえば、TCP/IP、HTTP、SMTP、TLS/SSLなど、私たちが日常的に(意識することなく)使っているものがプロトコルに該当します。プロトコルがあることで、電子メールやファイル転送などの基本的なアプリケーションを、複雑な手続きなどを介さずに使うことができます。
 イメージしやすい例では、Webページを特定するURLは、世界中の人々が共通のルールで通信できるように整備されたプロトコルの1つです。これが仮に、日本は「XXX」、米国は「YYY」、中国は「ZZZ」など、国ごとに別々の通信規格では不便です。そのため、世界中の人々が使うものは「世界共通で不変のルールにしよう」というのがプロトコルの考え方です。
 
Web3.0でプロトコルの価値が増大
 多くのプロトコルの規格はこれまで、政府機関、非営利団体、民間企業、学術機関、ときにはボランティアで集まったエンジニアたちによって策定され、オープンソースとして誰でも利用できるように開発されてきました。そうして開発されたプロトコルは世界中の人々に使われるようになりましたが、貢献した人が金銭的に報われることはありませんでした。理由として、Web2.0のプロトコルレイヤーは儲からないからです。下図を見てください。縦軸は価値の大きさ、つまり「どれくらいの市場規模か」を表しており、左側が現在のWeb2.0のインターネット、右側がWeb3.0のインターネットです。 
 前世代のプロトコル(TCP/IP、HTTP、SMTPなど)は、世界中の人々に使われるようになり、多くの「価値」を生み出してきましたが、その利益のほとんどは、アプリケーションレイヤーに集約され、専有されています。グーグルやアップルなどのテックジャイアントたちを思い浮かべてみてください。
 Web2.0のインターネットでは、プロトコルレイヤーは公共性が高いものの、オープンソースで開発されるがゆえに金銭的リターンが少なく、優秀な人材は高給でアプリケーションを開発する企業に集まる構造になっていました。
 プロトコルとアプリケーションのこの関係は、Web3.0で反転します。つまり、価値はプロトコルレイヤーに集約され、その一部がアプリケーションレイヤーに分配される構造になるのです。この構造を理解するために重要なのが、前記事で説明した「トークン」と「スマートコントラクト(スマコン)」の2つの概念です。
 

2.プロトコルがもたらすコンポーザビリティの革命

プロトコル共通化による変化
 前記事では、スマコンは「透明な自動販売機」と説明しました。この機能をもう少し分解すると、次のようになります。
 1.購入者がお金を入れる
 2.ブロックチェーン上に売買履歴を書き込む
 3.商品を購入者に渡す
 
 このとき、ブロックチェーンは公開され、誰でも閲覧できますが、「改ざんできない」という高度なセキュリティを有するデータベースとして機能します。
 上図でデータレイヤーが共通化されると、何が変わるかでしょうか。まずWebへのログイン方法が次のように変わります。
 ・Web1.0ではサービスごとにIDとパスワードが設定され、毎回入力が必要
 ・Web2.0ではGAFAのアプリケーションを利用したログインで利便性が向上
 ・ Web3.0ではブロックチェーン上のデータをもとにログインを行うため、SNSログイン(次図のWeb2.0のログイン方法)が不要になる
 
 ユーザーは「Wallet(ウォレット)」と呼ばれる、ブロックチェーン上の自分のIDをWebサービスに接続するだけでサービスを利用でき、サービスごとに情報を入力する必要がありません。Web3.0では、プラットフォーマーにデータを奪われることがなくなるので、個人情報の流出のような事件も起こり得ないのです。
出典: 守 慎哉(Fracton Ventures)「NFTから考えるWeb3.0の本質(2022年4月8日)」(HEDGEGUIDE)を参考に作成
 
プロトコルの組み合わせで開発できるコンポーザビリティ
 スマコン内のソースコードを誰でも閲覧できるので、たとえば「商品Aを販売するスマコンをコピーして商品Bを販売」といったことが簡単にできます。これが「コンポーザビリティ(構成可能性)」と呼ばれるスマコンの特徴です。開発者がブロックチェーン上で開発を行うとき、まずデータベースがあって、さまざまな機能がパーツとして転がっている状態を想像してみてください。過去の開発者が開発したプロトコルを組み合わせるだけで目的のものを開発でき、開発工数を大幅に削減できます。お金をやり取りするスマコンを組み合わせ、アプリケーションを簡単に開発できるこの特徴は、レゴブロックにたとえて「マネーレゴ」などと呼ばれます。
 たとえばAさんが、NFT販売の手数料として10%を受け取るプロトコルを開発したとしましょう。このプロトコルが便利で、多くの人々に使われるようになったので、Bさんはそのソースコードをコピーし、手数料を5%に下げて公開しました。このとき、Bさんのプロトコルのほうが手数料が安いので、AさんのプロトコルのユーザーはBさんのプロトコルに切り替える経済合理性が生まれます。そして、その切り替え自体も簡単に実行できます。まさに、レゴのように付けたり外したりすることができるのです。一方、Web2.0のサービスで決済機能を切り替えるとなると、大変な労力が必要とされます。
 Web3.0にはこのような性質があり、決済手数料が高い場合はほかの決済サービスを利用すればよいので、「スマートフォンのアプリストアが強制的に30%の手数料を取る」といった状況が生まれにくいのです。実際の市場はこれほど単純ではありませんが、コンポーザビリティが高いほど、開発コストが削減され、製品の質が高まり、先進的なものを生み出しやすくなります。
 プロトコルの持つこのコンポーザビリティが、Web3.0への参入障壁を引き下げ、活気ある市場を構築し、さらに開発者間の競争も促進するというエコシステムを形成できるのです。しかし、オープンソースと共通のデータレイヤーだけでは「インセンティブが不十分で儲からない」という現状は変わりません。このギャップを埋めるためには、「トークン」が必要とされます。
 

3.トークンによるインセンティブの革命

オープンソースのマネタイズの課題
 オープンソースのわかりやすい事例が「Linux(リナックス)」です。リナックスはウィンドウズやマックと同じOSの一種であり、オープンソースとして開発されました。ウィンドウズならマイクロソフトのビル・ゲイツ氏、マックならアップルのスティーブ・ジョブズ氏と、ビジネスで成功を収めた人物を挙げることができますが、リナックスの開発で成功した人物を挙げられる人はなかなかいないでしょう。
 たとえば、「世界中の人々が無料で使えるインターネットをつくる」というオープンソースのプロジェクトがあったとします。しかし、このプロジェクトは全然儲かりません。オープンソースであるがゆえにマネタイズできず、ボランティアや寄付などから資金を集めて開発することになります。資金が集まって開発が始められたとしても、資金を管理・分配する必要性が出てきます。そこで中央集権的な意思が発生することになり、出資者や開発者の意向に合わせたものになってしまうリスクがあります。つまり、オープンソースでは、収益を管理するための「器」が存在しないことが課題でした。
 
プロジェクトの貢献者への対価をトークンで支払える
 オープンソースのマネタイズの課題を解決できるのが「トークン」です。トークンであれば、中央の管理者を介在させることなく、当事者間で直接やり取りできます。また、供給量が固定されたトークンは、開発したサービスの需要が高まれば価値が増大していきます。
 公共性が高く、マネタイズが難しいプロジェクトは、オープンソースで細々と開発されるのが通例でした。しかし、オープンソースとトークンが掛け合わされると、プロジェクトの貢献者へトークンで対価を支払えるようになります。その後、開発したプロジェクトが普及し、多くの人々に使われるようになると、トークンの価値が増大します。そして、トークンの値上がり益を得ようと、新しい資金やアイデアなどがプロジェクト内に供給され、巨大な経済圏を形成していきます。
 そうして成功したのが「ビットコイン」です。ビットコインはソースコードが公開されたオープンソースのプロジェクトでありながら、「BTC」というトークンを持ち、現在は2兆ドルの暗号資産市場を牽引する存在にまで成長しています。実際、ビットコイン誕生初期からプロジェクトに貢献していたユーザーは、BTCの値上がりとともに億万長者の「億り人」、億り人を超えた「兆人」などと呼ばれています。ビットコインは、オープンソースのプロジェクトがトークンによって成功できることを示す「生き証人」になっているのです。
 

4.富むプロトコル、貧するアプリケーション

価値が増大し続けるプロトコルレイヤー
 ファットプロトコルで重要なのは、これまでアプリケーションレイヤーにあった価値がプロトコルレイヤーに移動する点です。アプリケーションレイヤーの成功がプロトコルレイヤーの重要性をより高めるので、プロトコルの価値は、プロトコル上のアプリケーションの価値より早く増大します。
 プロトコルはスマコンで記述されるので、プロトコルにバグがあると修正できません。そのため、新しくコードを記述するより、すでに実績のあるプロトコルを採用するインセンティブが高まります。それにより、実績のあるプロトコルは多くのプロジェクトで採用され、常に価値が増大していくことになるのです。
 
競争が激化するアプリケーションレイヤー
 そうして、プロトコルレイヤーの価値が上昇すると、アプリケーションレイヤーの競争はさらに激化します。共有のデータレイヤーの存在により、参入障壁は下がっており、アプリケーションを容易に開発できます。そのため、提供する「機能」は同じでも、「いかに使いやすいか」といったUI/UXの違いがアプリケーションの差になっていきます。
 ファットプロトコルでは、アプリケーションレイヤーは競争が激化しますが、プロトコルレイヤーは特定のものが使われ続けることになります。この構造こそが、トークン化されたプロトコルが厚みを増し(富み)、その上で開発されるアプリケーションが薄くなる(貧する)ということです。これは非常に大きなシフトです。
 共有のデータレイヤーとトークンによるインセンティブを組み合わせることで、「winner takes all(勝者総取り方式)」の市場が変化し、アプリケーションレイヤーではなくプロトコルレイヤーにおいて、現在とは「根本的に違うビジネスモデル」で、「新しいカテゴリ」の企業が生まれていくことでしょう。
 Web2.0では「競争」に勝ったものが価値を独占してきましたが、Web3.0では「共創」により価値を共有するようになっていくのです。
 
Web3.0による平等な世界の実現
 Web3.0において、プロトコルは誰でもスマコンで記述でき、記述した改変不能なプロトコルの管理者は誰でもありません。これにより、誰が利用しても、資産の大小や権力の有無にかかわらず、「世界共通で不変のルール」が適用されることになります。
 少し視点を変えてみましょう。「ブロックチェーンは分散」といわれますが、それは「スマコン化されたプログラムに全権を委ねた超中央集権型の仕組み」ということです。プロトコルの前では、大統領や政府要人でも、詐欺師のような悪人でも、すべからく平等に扱われます。権力のある人がビットコインを忌避し、権力のない人や途上国でビットコインが普及するのは、こうした背景があるわけです。
 「一般的なテクノロジーは末端の労働者を自動化する傾向があるが、ブロックチェーンは中心部を自動化する」。これはイーサリアムを構築したヴィタリック・ブテリン氏の、Web3.0の本質を表した名言ですが、ファットプロトコルへの理解を深めることでこの言葉がよく理解できるようになるはずです。
 一般層が実際に触れるアプリケーションとは異なり、プロトコルはインフラに近い部分なので、Web3.0のプロジェクトは一見、理解しにくいものです。次章以降でWeb3.0の構造をレイヤー別に見ていきましょう。
 
 
  

まとめ

  • Web2.0ではアプリケーションが富の多くを占めていたが、Web3.0ではプロトコルに価値が移動する予測をファットプロトコル理論と呼ぶ
  • ブロックチェーンが共有のデータレイヤーとして機能し、参入障壁が低下
  • プロトコル化されたプログラムを組み合わせて開発できるコンポーザビリティの高さは、レゴブロックにたとえて「マネーレゴ」と呼ばれる
  • トークンによりオープンソースプロジェクトにインセンティブが与えられるようになった
  • Web2.0 では「競争」の勝者が価値を独占したが、Web3.0では「共創」で価値を共有するようになり、「winner takes all」の市場が変化する