台頭するNFTブランドであるBAYCとLoot

POINT ここでは現在、価値が高まっているNFTブランドについて考察します。
これまでに、NFTの仕組みと、NFTの価値の源泉がコミュニティにあることを解説しました。ここでは、Web3.0業界で影響力を増し、リアル空間にも飛び出していこうとしているNFTブランドを紹介していきます。

1.さまざまな活動によるBAYCの躍進

急激に人気が高まった猿のイラスト
 NFTで最も有名なブランドといえば、「Bored Ape Yacht Club(BAYC)」という猿のイラストのブランドでしょう。日本人にはあまりなじみがない絵柄ですが、NFT界隈では知らない人がいないほど、人気ブランドの地位を確立しています。
出典:BAYCのWebサイトより
 
 BAYCは最初、1万体が1体0.08ETHで販売されましたが、徐々に注目され、2022年4月末にはフロア価格(最低落札価格)が150ETHに高騰しました。最低でも当時の価格で6,000万円支払わないと手に入らないNFTということです。多くの人は「この猿のイラストに6,000万円も支払うなんておかしい」と思うでしょう。
出典:Dune Analytics「@anonfunction / Bored Ape Yacht Club Opensea Price Floor」をもとに作成
 
BAYCの実績
 NFTブランドとしてトップの地位を築いたBAYCですが、その歴史は浅く、2021年4月、Yuga Labs(ユガラボ)によって発行されました。しかし、最初の1週間ほどはあまり伸びず、売れ残っていたというので驚きです。
 BAYCは「Bored」とあるように、退屈している猿たちの物語を紡ぐNFTです。NFTのストーリーは次のようなものです。
 

2031年、お金を持て余した1万匹の猿たち。沼地でたむろし、何か変なこと
をし始めた。今、彼らはただ退屈しているだけ。
夢をかなえて裕福になったら……
あなたなら、何をしますか?

 
 たったこれだけですが、この書き出しのストーリーからBAYCのNFT所有者が集まり、コミュニティを形成しました。BAYCはNFTにコミュニティ機能を組み込んだ最初のプロジェクトといわれており、「NFTはコミュニティが重要」といわれるようになったのはBAYCの成功があるからです。BAYCには、BAYCのNFT所有者しか入れないコミュニティが用意されました。NFTコミュニティの居心地のよさは前節で説明したとおりです。BAYCの猿たちはそのなかで、自分たちがおもしろいと思う活動方針を提案し、運営元のユガラボが今後の活動方針を示したロードマップを打ち出すことで、NFT所有の期待感を演出することに成功しました。
 そのほか、BAYC関連の出来事としては、オークションハウスのSotheby's(サザビーズ)で、101体のBAYCセットが約27億円で落札されたことが挙げられます。これにより、「猿のイラストが27億円?!」というニュースが話題になり、BAYCへ注目が大いに集まりました。また、オークションハウスの老舗であるサザビーズで取引されたことも、BAYCに箔を付けることとなりました。
出典(左):Bored Ape Yacht ClubのTwitterより
出典(右):Sotheby'sのWebサイトより
 
 また、PFP(7-3参照)としては、NBAのステファン・カリー選手やアーティストのエミネムなどの著名人が、おもしろがってBAYCをSNSのアイコンに設定したことも、BAYCの成長に大きく寄与しています。
 「インタラクティブなコミュニティ」「猿たちの仲のよさ」「オープンな雰囲気」により、BAYCの文化が有機的に発展し、この文化に惹かれてNFTブランドの一部を所有したいと思う人がたくさん現れ、Apes(エイプス)ファミリーが誕生します。  NFTコミュニティでは、BAYCが高くて買えないエイプスファミリーに対して、廉価版の「Mutant Ape Yacht Club(MAYC)」をつくったり、所有するBAYCを商用利用できるようにしたりすることで、NFTコミュニティを成長させました。そうした活動により、BAYCは第2のクリプトパンクスと呼ばれるまでになったのです。
出典:miin氏のnoteより
 

2.ミーム文化に後押しされるBAYC

クリプトパンクスとBAYCの対立構造
 BAYCが成長するまで、NFTブランドのトップの地位にあったのはクリプトパンクスでした。そのため、BAYCの成長に伴い、クリプトパンクスとBAYCの対立構造は、NFT界隈でよく引き合いに出されるようになります。「NFTの価値が確立しているクリプトパンクスを、後発のBAYCが超えられるか」というものです。イメージとしては、「最初のNFT」という揺るぎない称号を持つ、クールで賢い、ドット絵とはいえ人間のクリプトパンクスに対して、何も考えていないような、クリプトパンクスをまねた猿のBAYCという印象は「スーツVSコミュニティ」(別記事参照)の対立構造として成立します。
 BAYCの見た目の「猿」から連想されるものに「猿まね」があります。実際、1万体という発行数やNFTのつくられ方は、クリプトパンクをまねたものであることは明らかです。NFTコミュニティ全体には「クリプトパンクの猿まねとして生まれた偽物が本物を超えたらおもしろくない?」という考えが広まり、これがBAYCに価値を感じる人たちの踏み絵として機能しています。
 このような、模倣によって広まっていく「ミーム文化」は、アンチテーゼを好む文脈ではよくあることで、「ドージコイン」などで顕著に見られます。ドージコインはBTCをまねてつくられた、犬のロゴを冠したコインです。ドージコインはジョークによってつくられ、特別な機能は何も持たないので、これらの暗号資産は「ミームコイン」と呼ばれています。
 
ミームの特性を持つブロックチェーン
 ブロックチェーンはボトムアップの特性を持つ技術です。ビットコインもサトシ・ナカモト氏からボトムアップ的に世界に広まり、今や金融資産と認められるまでに成長しました。筆者は当時のことを把握していませんが、生まれたばかりのビットコインもミームのようなものだったと推察されます。
 ビットコインが初めて決済に使われた日として、「ビットコイン・ピザ・デー」という日があります。当時、1枚のピザは2万BTCで購入されました。これも「BTCでピザが買えた!」と話題になった時期があり、さまざまなミームがビットコインの価値を喧伝する媒体として機能しました。これらのミームの多くは、文字を介さない画像や動画なので、言語や国境を越えて伝播しやすいという特徴があります。
 ビットコインで決済できることが珍しかった時代と比べて、今のビットコインは絶大な信用を勝ち取りました。もうビットコインで決済して笑う人はいません。ミームを楽しむ人が、既存の仕組みを利用する人より多くなれば、ミームはミームでなくなり、虚が実になるのです。ブロックチェーンに文脈を合わせると、ミームは既得権益に対する「51%攻撃」に近い性質を持ちます。51%攻撃とは、51%の人が正しいと認めれば、間違った取引も正しい取引として承認されることを狙った攻撃のことです。イーロン・マスク氏は「人生は皮肉なものだ。ジョークでつくられたドージコインが、本当に通貨として使われるようになれば、これこそ最高の皮肉だ」と、ミームの性質を表す名言を残しています。
 虚が実になることは、これまで虚をばかにしてきた人への最高のアンチテーゼになります。これを理解してドージコインを応援するマスク氏は、世界最高のミーム職人といえるでしょう。ドージコインを王にしようとするマスク氏のミーム画像を見て笑える人は、これらの背景をよくわかっている人の証です。  国境を越えて伝播しやすい最高のミームをつくることができれば、マーケティングは成功したも同然です。あとはユーザーがミームをおもしろがり、さまざまなコミュニティやツイッター(現:エックス)などに貼り付けて広まるネットワーク効果が生まれます。
出典(左):Pixabay (sergeitokmakov)
出典(右):Elon Musk氏のTwitterより
 
ミーム文化の特徴
ドージコインの事例から学べることは、主に次のことです。
 1.ミ ームは意味がないように見えるが、私たちが誰であるか、何を信じているか、何を軽蔑しているかなどを世界に伝える踏み絵として重要な役割を担っている
 2.専 門用語を多用した言語は「理解できる」人たちの特権的なクラブを生み出すだけだが、ミームは言語を介さない共通語になり得る
 3.支 配的な既得権益の欠陥を攻撃し、信じれば簡単に手に入る、明るく充実した未来を示す、シンプルで拡散性の高いミームをつくれば、成功は目前である
 BAYCやクリプトパンクは、世界で認知されたミームNFTなので、これに関わりたいと思う人がたくさん集まってきます。それらの人々は何らかのスキルを持っているので、NFTコミュニティ内で仕事が完結することが強みです。たとえば、何らかの企画を立ててエンジニアが必要になったとき、NFTコミュニティに声をかければ人を集められます。声をかけた相手が企画を気に入れば、その時点で参加が決まり、前提の説明やNFTの勉強などのコストが0で始められるというメリットがあります。そのため、BAYCはコラボグッズの展開や各方面との共創などが多いことが特徴です。そして、NFTコミュニティの発するニュースが多いほどBAYCの価値が高まり、クリプトパンクを超えるための地盤が整っていきました。
 こういった背景もBAYCを後押しすることで、2021年12月にはフロア価格がクリプトパンクに並び、BAYCはNFTブランドのトップの地位を勝ち取るのです。NFTの歴史が動いた瞬間といえるでしょう。
 

3.トップダウン型のNFTブランドとしてのBAYC

管理者の意思決定によるコラボレーション
 Web3.0では「コミュニティ」と「分散」が重要視されますが、たいていのNFTブランドには運営者が存在します。BAYCの場合はそれがユガラボであり、ユガラボがトップダウン型で意思決定を行うのです。Web3.0は中央集権型のアンチテーゼとして発展してきましたが、トップダウン型にもメリットはあります。それは、分散型より意思決定が早く、資金投入により急速に成長できる点です。BAYCはトップダウン型のNFTブランドのトップなので、その地位を利用し、NFTの可能性を拡張させるためのさまざまな施策を展開し始めています。
 その1つが企業とのコラボレーションです。BAYCとアディダスのコラボNFTが販売されると、26億円相当のNFTが一瞬で売り切れました。BAYCの影響力の高さを物語る事例であるとともに、「世界的な大企業×NFTブランド」の取り組みとして考え抜かれた、現時点での理想的な施策の1つといえるでしょう。BAYCはハリウッドへの進出や、BAYCのNFT所有者による音楽バンドの結成なども試みており、企業とのコラボレーションは加速していくと考えられます。
出典:adidasのWebサイトより
 
ユガラボのさらなる展開
 ユガラボはさらに、ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツから550億円を調達しています。これも、トップダウン型だからできる施策です。この資金を利用し、ライバルであったクリプトパンクス、運営元が同じであったMeebits(ミービッツ)というNFTブランドを買収しており、NFT市場でアベンジャーズ化しています。
 BAYCはNFTですが、「エイプコイン」という暗号資産も発行しています。このエイプコインで購入可能なメタバースの土地が売り出され、370億円で完売しました。今後、メタバースへの進出も示唆されており、メタバースの開発自体はバーチャル空間の構築を担う企業が中心となって実施していくと発表されています。ユガラボがどんな展開をしていくのか、まだまだ話題が尽きることがなさそうです。  Web3.0時代のガーファになり得る筆頭候補の1つがユガラボであり、彼らは株式ではなくNFTを発行し、NFT所有者が株主になるという、株式会社とは異なる新しい企業形態をもってWeb3.0の一丁目一番地を狙っているのです。
 

4.ボトムアップ型のNFTブランドであるLoot

文字情報のみのNFT
 トップダウン型のNFTブランドの対局に存在するのが、完全分散型のNFTブランドです。分散しているのでブランドと呼んでいいのかわかりませんが、Web3.0時代の新しいコンテンツをつくる試みとして非常に興味深いものです。
 「Loot(ルート)」は文字情報のみのNFTです。イーサロック(前参照)のような岩のNFT、インビジブルロックという透明な岩のNFTと来て、ついに文字情報だけのNFTが登場します。このプロジェクトはショート形式の動画共有サービス「ヴァイン」の生みの親であるドム・ホフマン氏が、2021年8月27日にローンチしたNFTシリーズです。NFTはガス代のみで0円で発行できるので、NFTイノベーターがこぞって発行し、3時間以内に8,000個のNFTが発行されました。ローンチされてから1週間ほどで、1日あたり1億ドル以上の取引量があり、フロア価格は15ETHで、当時600万円ほどの価値がついていました。
 
アイテムの入ったバッグを購入するイメージ
 ルートを一言でいうと、「アイテムの入ったバッグ」です。NFTを1つのバッグと捉え、そのなかに入っているテキストがアイテムを指します。そして、そのバッグを入手したユーザーが「アイテムの使い道」を考えて遊ぶNFTなのです。
 いうなれば、アイテムの設定資料だけを公開しているようなものです。そこからユーザーはコンテンツを制作できる設計になっています。バッグの中身は基本的に、冒険用の装備として8つのアイテムや特性が入っており、武器や防具などがあります(次図参照)。特性に応じてレアリティの要素もあります。
出典:OpenSea「Loot (for Adventurers)」のWebページより
 
コンテンツ制作の手法と価値の変化
 これまでのNFTは、トップダウン型のアプローチがほとんどで、NFTクリエイターがプロフィール画像やゲームアイテム、アートなどを制作する必要がありました。住居にたとえれば、まずは家をつくってNFT所有者に売り、そのあとに家具や雑貨などをつくって売っていくイメージです。これをNFTクリエイターがすべて1人で行うのは、とても大変なことです。加えて、そのようなことができるNFTは少なく、需要はBAYCのような価値の高いNFTに集中し、価値の浸透していないNFTは見向きもされませんでした。一方、ルートが実現したのは、ボトムアップ型のアプローチです。
 このアプローチにおいて、NFTの価値は単一の資産や個人などだけに結び付けられません。先ほどの住居の例で考えると、従来は家を売りましたが、ルートは「れんが」を売るようなイメージです。れんがを持っているユーザーは、れんがを集め、何をつくるかを考えることができます。家を建てることも橋をかけることもできます。ルートが用意したキャンバスに、ユーザーが設計図を描いていくのです。そのため、ルートの価値は未来のNFTクリエイターのアイデアに極度に依存することになります。実際にルートのバッグに入っているアイテムからキャラクターをつくり、新しいNFTを発行する派生プロジェクトが複数立ち上がっています。
出典:OpenSea「HyperLoot」のWebページより
出典:OpenSea「Loot: Explorers」のWebページより
 
 上図のような派生プロジェクトは、キャラクターを制作するものですが、ルートは設定資料なので、漫画でもアニメでも制作可能です。制作されたキャラクターは今後、その世界でのアバターやメタバースのキャラクターとして使用されるなど、さまざまなコラボレーションが行われることが期待されます。
 ルートを取り巻くコンテンツの経済圏は、総称して「ルートバース」などと呼ばれ、さまざまなプロジェクトが立ち上がっています。そして、すべてのコンテンツの中心にあるのはルートのNFTです。ファットプロトコル(別記事参照)の仕組みをNFTで忠実に再現しているプロジェクトといえるでしょう。
 
  
 

まとめ

  • NFTブランドにはトップダウン型とボトムアップ型があり、トップダウン型はBAYC、ボトムアップ型はルートが代表的
  • BAYCはコミュニティ機能を組み込んだ最初のプロジェクトといわれる
  • 模倣によって広まる「ミーム文化」によりBAYCは成長し、第2のクリプトパンクと呼ばれるまでの地位を築いた
  • ミームは私たちが誰であるか、何を信じているか、何を軽蔑しているかなどを世界に伝える踏み絵として重要な役割を担っている
  • ルートは文字情報だけのNFTであり、ユーザーはその文字情報から自由にコンテンツを制作できる