透明な自動販売機と呼ばれるスマートコントラクト

POINT ここでは「スマートコントラクト」について解説します。
 前記事では、ブロックチェーン技術により、株式の上位互換ともいえる「トークン」という媒介が誕生したことを説明しました。ここでは、このトークンを扱うプログラムである「スマートコントラクト」について解説します。

1.スマートコントラクトとは

改ざんされずに確実に実行されるプログラム
 ブロックチェーン技術の改ざんできないという特性をプログラムに適用したものが「マートコントラクト(スマコン)」です。最近は日本でもキャッシュレス化が進展し、QR決済やクレジットカード決済などが一般的になりました。そのような電子決済と現金支払いとの大きな違いは、「プログラミングされたお金か否か」にあります。「プログラミングされたお金」とは、俗にいう「プログラマブルマネー」のことです。このプログラマブルマネーは、ブロックチェーン技術との相性が抜群によいのです。
 第1章では「ブロックチェーンが様々な技術の組み合わせで改ざんに強い仕組みになっていること」を説明しました。改ざん耐性を持つブロックチェーン技術を“プログラム”に適用すると、プログラム自体の改ざんが不可能になります。フィッシングサイトやハッキングなどで起こる、「料金の支払い先が変更されている」「料金を支払ったのに商品が送られてこない」などといった事態は、プログラムが改ざんできなければ発生しません。プログラムには「料金が支払われたらデータを送る」といったタスクを書き込むことができ、書き込まれたタスクは確実に実行されます。この「記述した内容が確実に実行されるプログラム」がスマコンです。「料金が支払われたら商品を送る」という取引は「契約」とみなされ、契約をプログラムに記述すれば、あとは自動で執行されるだけという「スマートな契約」となります。
 
リスクなく契約執行が行える
 契約が執行されるまでの一般的なフローには、次の4つの段階があります。
 スマコンは、契約に示されたイベントが発生した瞬間、契約執行と請求、決済の②~④のやり取りを自動で実行してくれるプログラムです。この手続きを人間が行うと、人的ミスが発生するリスクがあり、プログラムで自動化するだけではハッキングのリスクもあるので、スマコン化したほうが安全です。
 この効果が及ぶ範囲として、まず請求書発行や振込のような業務がなくなり、それら業務の人件費が削減されます。加えて、イベント発生と決済完了が同時に起こるので、キャッシュフローが劇的に改善されます。
 これが「smart contract=スマート契約」と呼ばれる所以です。「Web3.0」と並ぶバズワードに「DX」がありますが、スマコンこそDXといえるでしょう。  会社や個人間の取引は「契約事」に溢れています。この契約がスマコンに置き換わったときの業務効率の向上は想像しやすいはずです。

2.スマートコントラクトは透明な自動販売機

 「料金が支払われたらAをする」というプログラムがスマコン化されていると、「料金を支払うと商品を受け取れる」ことが、技術的に担保されている状態になります。このプログラムはブロックチェーン上に記録され、誰でも閲覧できる透明性があるので、「お金を入れると商品が出てくる」ことが検証できます。
 この性質からスマコンは「透明な自動販売機」といわれています。スマコンを最初に実装したのが時価総額第2位の「イーサリアム」です。イーサリアムは「ブロックチェーン技術を使ってプログラムを書いたら……」というアイデアを最初に実現した先駆者なので、圧倒的な先行者優位性を持っています。
 

3.取引の信用コストを0にしたスマコン

信用コストとは
 スマコンが実現した本質的な価値を一言で表すと、次のようになります。
 
スマコンは取引の信用コストを0にする
 
 みなさんは「信用」について考えたことがありますか? 多くの方は「商品を購入してから受け取るまで」のフローを機械的に行っていて、取引相手や配送業者が信用できるかどうかを考えることは少ないのではないでしょうか。たとえば、インターネット経由で取引を行う場面を考えてみましょう。あなたが商品を出品し、料金が支払われたら発送手続きをして、相手に商品が届く、というのが通常のフローです。このとき、取引相手は信用できるかどうかを判断する「信用コスト」を支払っています。信用コストとは、具体的には次のようなものです。
 ・取引相手のレビューが★5だから安心して取引できそう
 ・メルカリが保証してくれるから出品(または販売)してみよう
 ・ヤマト運輸ならきちんと配送してもらえそう
 
リスクを考えるコスト
 信用コストは目に見えず、数字で定量的に示されているわけではないので、なかなか気づきにくいものです。現在のインターネットは、アマゾンや楽天、メルカリなど、巨大なプラットフォーマーに信用コストを担保する構造で発展してきました。そのため、普通にインターネットを利用するだけでは信用コストについて考える機会はありません。しかし、「プラットフォームを利用する」ことは「運営する企業や人間を信用する」ことにつながります。私たちはそのことを漠然と理解しながらWebサービスを利用してきました。
 また、企業が提供する取引プログラムは、企業の一存で変更できます。たとえば、その企業が取引手数料を引き上げることもできますし、ハッキングされるリスクも含んでいます。その点、この取引プログラムがスマコン化されていれば、スマコンに記述されたとおりにプログラムが動作するので、プログラム開発者の変更やハッキングのリスクを考える必要がありません。「改ざんのリスクがあるものとないもの」で、どちらが将来的に採用されていくかは自明でしょう。
スマコンにより取引が安全で確実なものになる
 このスマコンとプログラマブルマネーを駆使することで、金融市場を強烈にDX化していくことができます。そして、このスマコンが一般化していくと、我々は少しずつ人間より技術を信用するようになっていきます。
 たとえば、「店頭のみ100台限定販売」などのキャンペーンはよくありますが、それが本当かどうかを購入者は検証できません。これがスマコン化されていれば、ブロックチェーンを見ることで「100台限定」であるかどうかを検証できます。極論をいえば、スマコンにより会ったことがない地球の反対側の人とも安全で確実な取引ができるのです。
 「SDGsに配慮されたものしか買わない」「炭素製品は買わない」などと同様に、「スマコンでなければ買わない」ということがWeb3.0の当たり前になります。Web2.0とWeb3.0とでは、信用の所在が大きく異なることを理解しましょう。
 スマコンによって信用コストが0になることで、中央集権的なサービスに頼らなくても、P2Pで安心して取引できるようになります。これにより、第5章で扱うような「DeFi(ディーファイ)」のプロトコルも構築できるようになります。
 
 

人間と技術のどちらに信用の重きを置くか
 これは個人の考え方によりますが、筆者は株式を持っていません。その理由は、人間より技術のほうが信用できるからです。株式を発行している企業のなかでは通常、人間が働いています。人間はうそをつくことがあり、組織は腐敗することがあるので、たとえば経営者の不適切な発言や粉飾決算などのイレギュラーな問題により株価が毀損される可能性があることは、Web3.0と比べて明らかなリスクと考えます。
 ビットコインのような完全に分散化されたプロトコルに人為的なリスクは存在せず、人間より信用できます(あくまで個人の見解です)。

 

4.検証可能性がもたらすトラストレスなインターネット

邪悪になれないWeb3.0
 スマコンがもたらす信用コスト0の取引を「Trustless(トラストレス/信用不要)」と呼びます。Web1.0ではこの信用を担保できなかったために、大企業が代わりに信用を担保する形態でWeb2.0が発展していきました。
 グーグルは「Don't Be Evil(邪悪になるな)」を非公式の規範として掲げていますが、この規範はWeb2.0が企業の倫理観に依存している状況を端的に表しています。ブロックスタックはこれをもじって「Canʼt Be Evil」という広告を出しました。Web3.0はそもそも「邪悪になれない」というわけです。Web3.0の信用は、スマコンが担保する形態で発展していきます。
 出典:Enes Türk「Blockchain Canʼt Be Evil! Or Can It Be?」(2020.1.23)
 
スマコンが生み出す取引の精神
 また、スマコンに記述された内容は改ざんが不可能になるので、「Code is Law」と呼ばれます。これは「プログラムコードが法」という意味です。
 これまでのプログラムはスマコン化されていなかったので、「企業が法」の状態でした。ただ実際、企業は法によって罰せられるので、企業より法のほうが上です。一方、スマコンは改ざんが不可能です。これにより、取引に問題があって法が罰しようとしても、取引に介入できません。こういったことから、Web3.0では法よりスマコンのほうが上と考えることもできます。
 スマコン上のプログラムは誰でも記述できるので、悪意あるプログラムを記述する人も出てきます。そのときに役に立つのがブロックチェーンの「透明性」です。Web3.0でよく用いられる標語に「Donʼt Trust, Verify」というものがあります。これは「信用するな、検証しろ」という意味です。スマコンの内容は公開されており、誰でも検証できます。つまり、「Donʼt Trust, Verify」は「取引前に自分で確認しよう」という精神を持たせるための標語です。Web3.0に関わるなら、「Donʼt Trust, Verify」の精神を持ち続けましょう。
 
 
 

まとめ

  • スマコンはブロックチェーン技術によって改ざん不可能になったプログラム
  • スマコン=中身が見えている透明な自動販売機、信用コストが0になる
  • スマコンが一般化すれば、人々は人間よりも技術を信用するようになる
  • Code is Lowはスマコンで記述されたプログラムは法よりも重いとする考え方
  • プログラムが正しいかを検証する「Donʼt Trust, Verify」の精神を持つことが重要