インフレのリスクヘッジ商品として注目されるBTC

 前記事では、ビットコインのマイニングと半減期というプロトコルにより、BTC価格が上がりやすい仕組みになっていることを解説しました。ここでは一度、Web3.0業界の外に目を向け、BTC価格の上昇を加速させる要因となるインフレ情勢について解説していきます。
 
 
1.2兆ドルの巨大な市場はどこから現れたのか
 
 「BTCを筆頭にブロックチェーン市場が急激に成長している」ことを解説してきましたが、全く新しい資産が2兆ドル分、突然増えたわけではありません

 世界の資産総額が数か月単位で突然増えることはありません。国家の成長指標とされるGDPの成長率は、毎年2~3%を目標に設定されています。1年で2~3%の成長を目指していることを考えれば、Web3.0の年間数十%を超える成長速度は明らかにその流れを逸脱しています。つまり、新しい市場が突然現れたと考えるより、既存市場の資産がデジタル市場に流れ込んでいると考えるほうが自然です。図で考えると、次のようなトレンドになっています。

 ここではその理由について見ていきます。
 
 
 
2.コロナ対策の量的緩和による法定通貨のインフレ
 
法定通貨の増加による価値の希薄化
 直近のトレンドとして、法定通貨が増え続け、価値が希薄化していることがあります。コロナ禍により各国が法定通貨を増刷した結果、実態として大規模なインフレが発生しており、個人投資家を中心に旧来型の資産を見限って暗号資産へ資産を移動させる傾向があります。たとえば、米国でドルの預貯金が2,100兆円あるところに、直近1年の金融政策で618兆円のドルを増やしています。つまり、今持っているドルの価値が単純計算で4分の3に下がっていることになります。
 
米国中央銀行のバランスシート
 一般的に、中央銀行のバランスシートを見ると、その中央銀行が管理する通貨がどの程度市場に供給されているかを確認できます。中央銀行が金融政策を行い、国債などの資産を買ったり法定通貨を増やしたりすると、その分の通貨が市場に供給されることになります。そのため、バランスシートは「インフレがどの程度進行しているか」を測る指標となります。

 米国のバランスシートはリーマンショック以降、金融政策の意思決定機関であるFRB(米連邦準備制度理事会)が量的緩和を行ってきましたが、近年の株価の上昇と景気回復により、徐々にバランスシートを縮小していました。そこでコロナ禍となり、追加で大規模な量的緩和が行われたことで、リーマンショックを上回るペースで国債を中心とした資産の買入が発生し、バランスシートが大幅に拡大しています。下図はFRBのバランスシートの推移のグラフです。2020年以降、コロナ禍によって拡大し始めた様子がわかります。
 
※2021 年までの数値(網掛け)は確定データ
出典:日本貿易振興機構(JETRO)「ビジネス短信c4478375a52ca1a4(添付資料)」を参考に作成
 
 まず事実として、コロナ対策として行われた米国の財政刺激策により、米国政府の純支出は2020年のGDPの31%を占めました。米国は国民1人あたり20万円を給付していましたが、あのお金は米国政府のお金で、中央銀行で刷られたものです。規模を比較するなら、米国政府が行った金融政策は、米国単独で日本のGDPを超えるお金を投入しました。
 
出典:IMF「世界の名目GDP 国別ランキング・推移」をもとに作成
 
 
 
3.国家のバランスシート拡大による影響
 
政治的・経済的に成長し続けることが必須
  世界の経済活動は、1年でどれだけ成長したかを示すGDPを経済成長の指標としていますが、これは市場が無限に成長していくことを前提にしたものです。コロナという未曾有の危機に瀕している状態ではありますが、政治的・経済的な課題は常に「破壊的な危機があっても成長し続ける」ことであり、この目標の達成が求められます。以降では、国家のバランスシートが拡大したとき、国民の生活にどんな影響が出るかを歴史から学んでいきましょう。
 
状況が似ている第二次世界大戦
 やや唐突ではありますが、コロナ禍と状況が似ている第二次世界大戦時のバランスシートを見ていきます。戦争にはお金が必要です。米国政府は当時、第二次世界大戦の費用を捻出するため、国債を発行して各方面から資金を集めました。そして、FRBは国債の長期金利が2.5%を超えないように固定します。

 国家の危機として国民をあおり、国債を発行して現金を調達し、その見返りとして渡す金利報酬が低いので、強気にお金を借りることができます。その結果、FRBのバランスシートは1939年から1946年にかけて11倍に拡大し、過度なインフレが発生しました。コロナ禍の状況に似ています。
 
出典:参議院『経済のプリズム No.139 2015.4「FRB の非伝統的金融政策とその評価」』をもとに作成
 
 
 このような過度なインフレが起こるのは、税金を上げるより簡単に資金を用意できるからです。国家の有事に多額の資金が必要になると、政府は資金の入手方法を考えます。国家の収入といえば税金ですが、資金確保のために増税を行うと異議を唱える人が出てくるので、政府はインフレという形で国民の目に見えないように資金を捻出しようとします。たとえば、消費税が20%になると聞いたら、国民総出で反対すると思います。そのため、労力がかかる増税ではなく、造幣局のボタン1つで簡単に資金を捻出する方法に流れていきました。

 当然ですが、通貨を増やすと市場供給量が上がり、通貨の希少価値が下がります。たとえば、1万円が9,000円になるイメージですが、1万円の紙幣は現物のまま残っているので、国民は価値が下がったことに気づきません。

 賢い人や有識者などはこのインフレに気づき、そのリスクヘッジのため、価値が変わりにくい金(ゴールド)などの資産に通貨を交換しようとします。しかし、当時の米国では個人での金の保有が禁止されていました。これではリスクヘッジのしようがなく、国民のとれる手段は限られていました。誰にも保有を侵害されないデジタル資産があるこの時代は、本当に幸せなことなのです。


米国でインフレ施策が成立した背景には、強固な「国内製造業の基盤」があります。実用品の生産ラインを国内に持ち、自給自足が可能だったのです。通貨の価値が下がっても自給自足で賄えれば、インフレの影響は受けにくくなります。輸入に頼っている国では、輸入品の価格が高騰し、経済的に困窮してしまいます。このインフレは、米国だからできた金融政策なのです。

 

 第二次世界大戦の事例から学べる教訓は、次のとおりです。 
  • 国家の有事に資金が必要になったとき、政府は増税で直接的に資金を調達するより、インフレを通じて間接的に資金を調達したい
  • 中央銀行の独立性は担保されない。世論が求めれば為政者は従う
  • GDPが成長しているように見せつつ、拡大したバランスシートを縮小させるためには、国債の金利を低く設定する必要がある。「国債金利<GDP成長=バランスシート縮小」という関係性。
  • 金利の低い国債を買うメリットはなく、売れ残った国債を吸収するのは中央銀行となり、バランスシートは拡大する。
  • 資金を調達したい政府の一存により、国民が貯めた資産は一方的に毀損される。

 
コロナ禍で起こったこと
 公式統計によると、新型コロナウイルスへの感染を原因として、約60万人の米国人が2019年度~2020年度で亡くなっています。第二次世界大戦では約40万人が亡くなったので、コロナ禍の死者数は戦争と同等の規模であり、米国では過去最高水準の財政出動が行われています。そして、米国政府は第二次世界大戦時と同様に、コロナ対策資金を国債の発行で賄っています。FRBは、明示的な国債の価格変動に関与しなかったものの、2020年に発行された国債の55%を購入し、FRBのバランスシートは76%増加しています。これにより、米国の債務残高(対GDP比)は2020年末までに130%という史上最高水準に達しました。諸外国が購入している米国国債の割合は、2002年から2019年までに発行された国債の42%だったのに対して、2020年の割合はたった8%です。これは、ほとんどの国債が、FRBの通貨発行による積極的な財政支出で賄われたことを示しています。
 
出典:Arthur Hayes「FARB<L>AST OFF <GO>(2021.5.28)」をもとに作成 
 
 米国は現在、税収を上回る支出(財政赤字)と、輸出を上回る輸入(資本収支のマイナス)という二重の赤字国になっています。米国の両党の政治家は「政府が財政支出を拡大して過去の過ちを正し、コロナ後に労働者が保護されるようにしなければならない」と声高に主張しており、量的緩和をやめる話などがたびたび議題に上がっています。ほとんどの国では、米国のように財政支出を拡大できません。財政支出を増やすと通貨が暴落し、商品価格が上昇して社会不安に陥る可能性があるからです。
 
 
 
4.法定通貨の欠陥
 
 前述のとおり、国家は自らの都合で法定通貨の供給量を増やしてきた歴史があります。つまり、法定通貨は国家によって価値が毀損されるリスクを内包しています。これは法定通貨の明らかな欠陥といえます。日本のような通貨(日本円)が安定した国に住んでいると、このリスクに気づくことはあまりありません。しかし、国によっては通貨の信用が失墜し、紙切れになってしまう国もあります。日本円は大丈夫と根拠と確信を持っていえるでしょうか。

 法定通貨は刷られ続けることで、供給量が無限に増えていきます。しかし、BTCは2,100万枚しか存在しない、供給量の限られた通貨です。この特徴から、法定通貨を「インフレ通貨」、BTCを「デフレ通貨」と呼ぶことがあります。

 また、BTCのような暗号資産は、パスワードや鍵を紛失したり、BTCが保存されたパソコンを捨てたりすると、復元できなくなるものもあります。そのため、実際に市場に流通しているBTCは2,100万枚より少ないでしょう。BTCの鍵を紛失した状態を「GOX(ゴックス)」といいますが、GOXしたBTCの枚数を加味すると、BTCは絶対にインフレしない「ディスインフレ通貨」ともいえます。これを踏まえると、メディアでよく見られる「BTCが高騰」という表現は、正しくは「法定通貨の価値が下がっている」と理解することが本質的であるとわかります。

 下図のように日本は貯金大国であり、インフレの影響を受けやすい国民性といえます。コロナ前の1万円とコロナ後の1万円では、すでに価値が異なります。価格はそのままで商品の内容量が減る「ステルス値上げ」や、コロナ前は外国人観光客であふれていた「インバウンド需要」などを見て、円の価値が落ちていることに感覚的に気づいている人も多いでしょう。法定通貨建ての資産だけを持っている人は、インフレのリスクヘッジの手段を学ぶ必要があります。
 
 出典:日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較(2022 年8 月31 日)」をもとに作成
 
 

 法定通貨のもう1つの欠陥は、マネーロンダリングに使用されるリスクが高いことです。暗号資産はデジタル上に履歴が残って検証可能ですが、法定通貨の紙幣や硬貨は足跡をたどることができません。そんな背景もあり、「1万円」のような高額紙幣は、デジタル化が進む経済では廃止の方向に進んでいるのが世界的なトレンドです。

 暗号資産がマネーロンダリングに使われていたのは過去の話で、FATF(金融活動作業部会)のような国際組織が暗号資産取引所の本人確認(KYC)を厳重にすることで改善されてきています。

 

 
 
5.インフレのリスクヘッジ商品としてのBTC
 
 インフレのリスクヘッジ商品として最も有力な候補がBTCです。テスラやマイクロストラテジーなどによるBTCへの投資もそのトレンドに沿った行動であり、インフレのリスクヘッジ商品としてBTCが大量に購入されている現状があります。BTCを購入している投資家の認識は、「BTC=デジタル通貨」ではなく、「BTC=デジタルゴールド」となっています。BTCへの投資は、値上がりを狙った「攻め」の投資ではなく、インフレ対策の「守り」の投資なのです。

 第二次世界大戦の頃とは異なり、現代には暗号資産市場があり、我々は国家や中央銀行の規制のかからない資産を持つことができます。FRBが創出した数十兆ドルすべてが暗号資産に流れ込むわけではありませんが、国家が暗号資産への投資を阻むことはできません。見えないインフレが進行し、法定通貨の価値が減損していくとき、暗号資産の価格が既存金融衰退の検知器となります。

 BTCの保有者数は1,600万人を超え、さらに増加傾向にあり、多くの人や法人がBTCを購入しています。今回のテスラのBTC購入をきっかけに、BTCはインフレのリスクヘッジ商品として、製品やサービスなどが普及し始める際に壁(溝)となる「キャズム」(次図)を超え始めており、一般層に普及するタイミングになったと筆者は考えています。

 日本では暗号資産を保有している人が5%ほどしかいません。この現状をどう見るかを考える必要があります。
 
出典:Buy Bitcoin Worldwide「Bitcoin stock to flow model live chart」のWebページより
 
 
BTCの資産としての優位性コロナ禍で起こったこと
 株式や不動産などの投資をしている人もいると思いますが、実際に2020年のBTCは、株式や金(ゴールド)、米ドル指数、原油など、さまざまな資産クラスのパフォーマンスを大きく上回る結果となっています。2020年はコロナ禍により、金融資産が軒並み大きく下がる時期がありましたが、そこからの回復力もBTCが最も高いパフォーマンスを出していました。
 
出典:CoinGecko「Yearly Report 2020 - 価格リターン比較 ビットコインvs. 主要な金融資産」をもとに作成
 
 
 「BTCを10年前に100万円購入していたら、今40億円近くになっていたはず」というツイートもあります。この10年間でさまざまなことがあったので、その間、BTCを保持し続けられたかわかりませんが、BTCは投資のパフォーマンスで見ても投資資産として優秀なことがわかります。BTC以上のキャピタルゲインを、この短期間で上げられる企業は存在しなかったでしょう。
 
ビットコインは国家と通貨を分離した最も平和な革命コロナ禍で起こったこと
この記事では、インフレに対するリスクヘッジ商品としてのBTCの価値について触れてきましたが、重要なことはビットコインにより国家と通貨が分離され、中央集権的に管理していない(操作できない)分散型の通貨が構築されたことです。

 国家と通貨の関係は、歴史的に原則1対1になっていました。そして、その通貨が役割を終えたり、ほかの通貨に取って代わられたりする際には、戦争や革命が起こってきたのが世の常です。今、法定通貨建てのあらゆる資産からBTCへと資産価値が変化し、価値が膨らむことで、国家の影響力が少しずつ削り取られています。国家はこれを嫌がり、ビットコインを排除しようとしますが、ビットコインは戦争を起こす相手のいない分散型の技術です。

 このムーブメントは「Web3.0」に名前を変え、徐々に世の中に浸透していきます。なかにはエルサルバドルのように自国の基軸通貨をBTCにする国家も現れ始めました。この流れは止まることはありません。

 ビットコインは誰も管理していない通貨を生み出したことにより、国家と通貨を分離することに成功した、人類史上最も平和な革命なのです。
 
 
 
 
 
まとめ
  • 巨大な市場は突然現れたものではなく、既存市場から流入してきたもの
  • コロナ禍の金融施策により世界的なインフレが発生し、法定通貨の価値が下がった
  • 「 BTCが高騰」と表現されるが、「法定通貨の価値が下落」が正しい
  • インフレのリスクヘッジ商品としてのBTCが注目され、BTCの役割は「デジタル通貨」から「デジタルゴールド」に変化しつつある
  • ビットコインは国家と通貨を分離することに成功した人類史上最も平和な革命